鬼ノ哭ク邦の体験版の感想。いつものTokyo RPG Factoryクオリティ【レビュー】

鬼ノ哭ク邦 レビュー

最初に言っておくと俺は本作の制作会社のTokyo RPG Factoryはあまり好きじゃない。

作る作品のコンセプトがオールドRPGの現代版アレンジなので、あえて復元する古臭さというのはどうにも肌に合わないからだ。

それでも今作はアクションRPGということで過去の2作とは違った感じになっていることを期待してプレイしてみたが、その期待は裏切られた。

劣化イース7を彷彿とさせるアクション

鬼ノ哭ク邦は見下ろし視点のアクションでプレイ感覚はどちらかというと2Dアクション的だ。

ボタンを押したときのレスポンスはよく、小気味よく剣をふることができる。ただ攻撃後にちょっと長めの硬直があるので敵の攻撃を華麗に回避しつつ攻撃というのがしづらい。

独自のシステムでは鬼ビ人と呼ばれる感情を失った霊のような存在を憑依(見た目的には使役しているようだけど。。)することができ、どの鬼ビ人を選択したかでアクションが変わる。

公式サイトではジョブにあたる役割、という説明があるがジョブは本来スキルを拡張するものであって欲しいのだけど、本作はそうではない。

1つ目の鬼ビ人ではダッシュができ、2つ目の鬼ビ人ではジャンプができる。同時に複数の鬼ビ人を憑依させることはできないので、どちらかを選ぶ必要がある。

これであれ?って思ったんだけど、ジャンプやダッシュって標準でよくない?むしろ鬼ビ人というシステムがスキルを狭めることになってるよね。

でね、プレイしていて思ったんだけど2009年9月17日に発売されたイース7の劣化版っぽいなって思ったの。

イース7では攻撃後の硬直が少なくサクサク攻撃を躱しながら攻撃できたり、フラッシュガードでパリィっぽいことができたり標準のアクションですでにプレイ感覚が気持ちいい。

それに比べ本作のプレイ感覚はちょっともっさりというか、モーションとしては自然なんだけど2Dアクションに近いプレイ感なのでリアルによせる必要性はなかったのではないか。

そういったリアリティよりもプレイ感覚の点でイース7よりも劣っていて、アクションにおいては気持ちいいプレイ感こそ正義なのである。

基本となるアクションが気持ちいいからこそ独自システムが生きるのであって、そこをおざなりにしている感は否めない。

死をテーマにしたストーリー

死んで生まれ変わる輪廻転生が当たり前の世界観で、主人公たちは死んだ人がちゃんと輪廻転生できるようにすることを仕事とする「逝ク人守り」という役割が与えられている。

この世界では死んだ人への悲しみが輪廻転生を妨げるため、死んだ人を笑顔で送り出す必要がある。

残された人間が悲しんでいると死んだ人間が残された人を心配してしまうため死して尚、この世に留まってしまうという理屈だ。

ただ、死んだ人が子供だったりすると死んだ子供を心配するあまり親が後を追いたいと願うこともあり、その介錯を行うのもまた「逝ク人守り」である。

輪廻転生が確実に起こる、死の世界に干渉することができることから比較的、死というものがかなり軽く扱われている感じはするものの設定自体は面白い。

死をテーマにした群像劇を期待したいところ。

鬼ノ哭ク邦の体験版の感想まとめ

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ストーリーは魅力的であるもののアクションが魅力的に思えず、製品版はスルーします。

Tokyo RPG Factoryは明確なビジョンを持ちながら、どうしても過去のRPGを引用した垢抜けないゲームをつくるところから脱却できていない気がする。

同じようなコンセプトで作られたオクトパストラベラーがなぜ成功を収めたのかがTokyo RPG Factoryにとってヒントになるような気がしています。

オクトパストラベラーはオールドRPGを魅力的に見せるために最近のゲームの要素を引用し、Tokyo RPG Factoryは過去のゲームを引用している。

コンセプトが同じでも「どうしたら過去のゲームを現代に再現できるか」という視点で作られた作品と「どうしたら現代のゲームとして過去のゲームを受けて入れてもらうか」という視点で作られた作品では大きな差が生まれてしまうのは必然で、視点を少し変えるだけでTokyo RPG Factoryは人気ブランドになる可能性を秘めているように感じる。

しかし、ターゲット層であるスーパーファミコンのRPG黄金世代を歩んできたユーザーは目が肥えているので、その可能性への道のりは険しいものとなるだろう。

なんやかんや言いながら毎回体験版をプレイしてしまうのは、一抹の期待が俺の奥底にあるからで次回作を今から期待しているのである。